1986年2月18日~2月27日 at コサムイ
2月18日バンコクを脱出、島へ。ところがコサムイ(サムイ島)はブームのまっただ中で人だらけ。どこのバンガローもビーチも、フル、フル、フル。人があふれている。その先の島Copacangも逃れて行き着いた人、人で、あふれているらしいが、その割にプーケットには人がいないらしいからやはりブームなのだろう。閑散としていた頃のここが懐かしい。ヨーロッパ系が多かった、出会う人々の共感あるまなざしで築かれる日々だった。今は次から次に人が入れ替わってざわざわしているし、バンガロー求めてビーチをバックパッカーが流していく。クレイジー。
帰りの列車のチケットは取れずじまいでバスで帰ってきた。
2年前もバスで帰ってきたな、ひとりで。隣の座席に親切なチャイニーズ系のおじさんが座って心底ほっとした。乗車前に店のトイレに駆け込み、紙幣を靴底に隠したっけ。バスは危険だ、ホールドアップにあう、特にひとりでなんて止めた方がいいと、前夜タイ人に言われたからだ。パッカー間の情報交換でもバスのなかでは飲み物はもらうな、睡眠薬とかが入っていてヤバイということだ。ひとりしょぼくれていたのが、来たときに出会ったかわいいキッズにまた会えて大きな笑顔にバイバイしたらすごく元気になっちゃった。でもサービスで出たバスの中の飲み物(色はブルー)は飲まなかったよ。バンコクに着いたのが夜遅くだったから、ヨーロッパ系のすごくキュートなバックパッカーが一緒にと声をかけてくれた。
とにかく28日の朝、トンブリに着く。バスでは検閲があり、顔をビデオに撮られた。あっちこっちで長距離検閲があった。そうそうフェリーでコサムイを出るとき、同じ日に列車でバンコクから来たフレンチのカップルとまた一緒だった。スラタニまでのバスに乗り換えるとき眠っていて、マリオ・プーゾのショッキングピンクの表紙の本、タイトル忘れた、置いてきてしまった。そしてまたJuly Hotelへ。
航空券の変更と予約に行くとパキスタンエアラインは3月はベリーベリーフルで取れないそうだ。ウェイティングもクローズドで、残るは空港でのスタンバイとなる。
この年、アヌーク・エーメとジャン・ルイ・トランティニャンの
20年後の続編「男と女」が公開された。
